連載:一月一話

第10回 2023年2月

“たば風”を知っていますか。

2月、江差のまちには『たば風』という季節風が吹き荒れます。江差町は北海道の中でも温暖な地域で、もっとも寒い時期でも気温がマイナス二桁になることはほとんどありません。
でも、このたば風の季節だけは違います。気温がマイナス2~3度という日でも、強風によって体感気温はマイナス15度~20度まで冷え込みます。さらに風は雪をともない、いつも斜めに強く、人に、家々に、町中のさまざまな場所にゴウゴウと吹き付けています。この時期はまず、しんしんと静かに降り積もる雪を見ることがありません。

たば風が吹いている間は、どうしたらいいか。それは、環境が許す限り家にこもるに限ります。おのずと、まちも店も静かになりますが、五勝手屋でも、あまりにもあんまりという日にはスタッフが安全に帰宅できるよう早じまいします。
あまりにもあんまり、というのは、たとえば自動ドアが凍るとき。レールに流した不凍液ですら凍るほどの寒さです。この時期、そんな日が3回はあります。

ただ、子どもの頃はどんなに風が強い日でも歩いて学校に行かなければいけません。今の時代は車での送り迎えも多いと思いますが、私の頃は自分の足で通う子どもが多く、当時はみんなもくもくと、ひたすら学校や家を目指して歩きました。あるとき友達のひとりが、寒さで耳が凍傷になってしまったことを覚えています。

この独特の風は、表現者たちの情緒をくすぐるものなのでしょうか。函館出身の人気作家・宇江佐真理さん(故人)や、町内在住で文芸誌『江さし草』などでも活躍する松村隆さんは『たば風』をタイトルに使った書籍を出版しています。
なお、本の中で宇江佐さんは“北北西の風は、まるで束になって吹き付けるから『たば風』というのだろうか”と書き、松村さんは江差を「風の街」と呼んで“横殴りの烈風が束になって海から襲いかかってくるように吹き付ける”とその過酷さを表現しています。

風で荒れる海と、江差追分の譜面を記した2月の上生菓子『たば風』。

たば風の吹く間、まちではこの憂鬱を吹きとばそうと、長らく『たば風の祭典』というイベントを行っています。期間中は『鍋まつり』や、たくさんの雛かざりがいにしえ街道を彩る『歴まちのおひなさん』など、多彩な催しが開かれます。
そして五勝手屋でも、2階ギャラリーにて『江差町小中学生俳句展』をひらき、このイベントに参加しています。ちなみに、『たば風』は極寒をあらわす冬の季語。町内の子ども達の作品にも使われています。

たば風の吹き荒れる2月の江差。和菓子の世界ではすでに春がはじまっていますが、江差の春はもう少し先。今日もまちは、たば風に吹かれています。