連載:一月一話

第1回  2022年05月

またの名を、マタサギ。

五勝手屋は江差町で『マタサギさん』と呼ばれることがあります。かつては町内のほとんどの方に、そう呼ばれていた時代もありました。
『マタサギ』とは、五勝手屋の屋号で、その図柄は又の下に三本のタテ線を描いたもの。線は『木』を表し、漢字にすると『又三木』となります。丸缶羊かんや流し羊かんのパッケージにも記していますので、お客様が手にされたとき、見るともなくご覧いただいているかもしれません。
さて、「五勝手屋本舗」という名前があるのに、地元には「マタサギ」という通称があること。このことは、私たちにはごく当たり前のことですが、江差町外のお客さまにとっては少し意外な、思いがけない話題のようです。
江差町の屋号の文化。今回はこのテーマから、町の日常を少しご紹介したいと思います。

『屋号』について厳密に調べていきますと、そこには生業を表すもの、家格・家歴を言うもの、家屋の所在場所を指すものなど古来よりいくつかの種類がありますが、江差町で見られるものは記号の組み合わせでつくられた『家印屋号』と呼ばれる種類です。よく使われる記号には、たとえば〇は金運、福徳、円満、「(カネ)はお金と同音で富を表し、∧(ヤマ)は財産が山ほど積もる、などといった意味があり、そのひとつひとつから、創作者たちの一家繁栄への願望が読み取れます。

江差町で実際に見られる家印屋号。左上から「マルイ」「ウロコイ」「リュウゴジュウ」「オオガネキ」「イチカネジョウ」「ヒトアツマル」。リュウゴはつづみのようにくびれたコマ=輪鼓。ヒトアツマルは人+厚い丸。家紋とは別に使われ、「人集まる」のように創作者のシャレの効いたものまであるのが面白いところ。

家印屋号の文化そのものは全国津々浦々に浸透していますから、決して珍しい話ではありません。でも、江差町はこの文化が深く根付き、そのことが今も町のあちこちで確認できる地域です。「五勝手屋=マタサギ」の例にあるように、姓名でなく、屋号で呼び合うことも日常的でした。たとえばそれは、カネコのカーサン、ヤマサのトーサン、といった具合です。
また、屋号が町の生活に根付いた背景には、北前船の存在が深く関係していることも江差町の特徴です。それを象徴するものが、かつての海岸線に建つ『鰊御殿』。船からでも取引先の位置を判別することができるよう、海に向け壁に大きな家印屋号「イチヤマチョウ」を掲げた姿を今に残しています。

もともと、家印屋号の役割は、物の所有主を示す記号だったとも言われています。同じ苗字が多かった集落で、農家では鍬などの農具に記し、漁師の家では漁具や魚箱に刻印してきました。江差町の郷土資料館にも、実際に屋号が刻印された道具や刻印するためにつくられた「ポンポン」と呼ばれる大きなスタンプなどが展示され、この町の屋号文化を大切に記録しています。
五勝手屋本舗、またの名を、マタサギ。町の日常風景が垣間見える、江差町ならではのエピソードです。

五勝手屋・小笠原家の家印屋号は長男が「ヤマサギ」、次男が「マタサギ」、三男が「マルサギ」。家印屋号には分家が本家の記号か文字のいずれかを受け継ぐものが多くみられますが、小笠原家も「サギ」の記号を継承しています。