連載:一月一話

第4回 2022年8月

かもめ島から見渡す海は。

たとえば『山』や『東京タワー』といった電波塔など、日常の景色の中でいつも視界に入っているような、“ランドマーク”といえるもの。
それぞれのまちに、さまざまなものがあると思いますが、江差町でいえば、それは『かもめ島』です。まちのあちこちから目にすることができて、普段の風景に溶け込んでいる、江差町のシンボルと言える小島です。

その名前は「空から見るとかもめが羽を広げたような形をしている」ことに由来します。この島があることで、江差町は古くからたくさんの恩恵を受けてきました。ここで何度もご紹介している江戸~明治にかけてやって来た北前船との交易や、ニシン漁の舞台となったのもかもめ島です。天然の良港と言われるこの島があったことで、まちはおおきく繁栄し「江差の歴史は、かもめ島から始まった」とも言われています。

ときどき、この島を散歩します。
陸とつながる『陸繋島(りくけいとう)』のため、島には歩いて渡ることができます。すこし長い階段を登ってたどり着く先には、灯台や厳島神社、散策路、キャンプ場などがありますが、なんといっても見どころは、180度のパノラマで視界を埋める日本海の姿です。

ただし、それは「オーシャンビュー」を称えることとは少し違います。江差町に暮らしていると海の景色はかもめ島ありき、「かもめ島の浮かぶ海」が日常風景ですが、それは言い換えると、いつも「かもめ島がさえぎる海」を見ているとも言えます。
いざ、島の上に立ち、さえぎるもののない広大な海を目前にすると、いつもは島が担ってくれる視点の置きどころがどこにもなく、恥ずかしながらその心細さは恐怖へと変わっていきます。永遠に続くかに見える果てのない海は、美しさへの感動とともに混沌とした恐ろしさをも感じさせるのです。

海は広いな大きいな。行ってみたいなよそのくに。

田舎に暮らす私にとって、遠くにある都会は憧れの場所でありながら、同時に不安を抱かせる未知なる世界でもあります。
かもめ島に登り無限の水平線を見ると、普段は意識することのない未知なる世界が、実は江差の外に広がっているということを思い出させてくれる気がします。

海を目前にしたとき、うしろを振り返ると、そこには見慣れた江差のまちが広がっています。先の見えない恐ろしさのあとに感じる安堵。まるで、まちから命綱が伸びて、繋がれているかのような感覚になるのです。
美しさと恐ろしさ。憧れと不安。そして地元に守られているという安心感。
何度もかもめ島に足を運んでしまうのは、このあまりにも正反対な感覚を一度に味わうことに惹かれているからかもしれません。

もちろんこれは極々私的な感覚。かもめ島から見える美しい海についてのとりとめのない話であります。