連載:一月一話

第16回 2023年8月

祭りに染まる、江差の夏。

江差町の夏には【姥神大神宮渡御祭】があります。その起源は370年余前と古く、詳細を語りはじめると膨大な文字数になってしまいますので、ここではさらりとお伝えしますが、もともとは江戸時代に、その年のニシンの豊漁に感謝し行われたもので、現在では北海道最古で南北海道最大の盛大さを誇るお祭りと言われています。

おごそかな神輿の渡御行列のあとに続くのは、山車(やま)人形を乗せた華やかな山車と、賑やかな笛や太鼓です。なお、まちを練り歩く山車はひとつではなく町内の各地区ごとにあって、江差町では13台もの山車が登場します。
ちなみに、この祭りの作法は北前船が連れてきました。江差町エリアには、北前船の就航地であった京都や関西の上方文化が根付いていますが、たとえば山車を「だし」でなく「やま」と呼ぶのも、京都祇園祭の流れを汲んでいる証です。

江差町の人にとって、この祭りが開催される8月の3日間は本当に特別です。「血が騒ぐ」「体が騒ぐ」と表現する人もいますが、年齢に合わせてさまざまな役割があり、小さな頃から参加するうちお祭りの濃密な空気を体に沁み込ませていくかのようです。そうして、やがて社会人になってまちを出た人の中には、祭りとなればなんとしてでも帰ってくる、そのための理由に、大きな声では言えませんが、親戚や祖母、祖父に数度亡くなってもらった、というエピソードを持つ人も少なくないようです。また、どうしても帰れなかった息子や娘に、母親が電話の受話器を外に向け、山車行列の盛大なかけ声やお囃子を電話越しに聴かせる風景もあると聞きます。

まちが沸騰する、とも評される姥神大神宮渡御祭。豪華絢爛に装飾された各山車は男衆に引かれ、町内を練り歩き、各家庭のもてなしを受けながら巡行します。なお、このもてなしを担う家庭では各家の“母さん”たちが何日も前からご馳走の支度をするのも風物詩。海の幸・山の幸をたっぷり用意して、ひっきりなしに訪れる人々をもてなします。飲みものは風呂に水と氷をため、そこで冷やすと言いますから、その量、推して知るべし、です。

とここまで言っておきながら、かくいう私が祭りに参加したのは小学生にあがる前まで。なんとなく参加しなくなって、そうしているうちどんどん出づらくなって、いつしか大人になってしまいました。
けれど私が参加していなかった間もずっと、お祭りを作り上げている人たちのことが輝いて見えて、お祭りと距離をとってしまったことを長らく後悔していました。

大人になって子どもが生まれ、今は親として子どもと共に参加していますが、そうした後悔の時間があったぶん、子どもたちにはこの江差のお祭りを楽しんでもらいたいと願っています。
山車の上には山車人形を乗せていますが、私の地区は加藤清正公を祀っています。いつか「マーベルのキャラクターより、清正公が私のヒーロー」と、そんなことを言ってくれたらうれしい、そんな感性に育ってくれたらうれしいなと、この素晴らしい文化であるお祭りを前に思っています。

昨年までの3年間、コロナによって山車巡行は中止となっていましたが、今年4年ぶりに従来の形での姥神大神宮渡御祭が開催されることとなりました。嬉しい反面、この3年間の空白は、様々な役割を担い祭りを経験していく子どもたちの大きな弊害になってしまったのではないかと心配もしています。