連載:一月一話

第30回 2024年10月

わたしの転換点。

ここ数年の五勝手屋のお菓子づくりの話、その続きです。
近頃は五勝手屋の新しいお菓子として『回/Re-Fruit』、『五勝手屋ロール』、『夜更けて』などが注目されがちですが、実は私の中での大きな転換点となったのが、『松風』や『里の栗』などのパイ菓子のリニューアルです。

パイ菓子をリニューアルする少し前、本和菓衆に出品するために『月』と『露』という野菜を使った羊かんをつくりました。銘のつけ方にも工夫を凝らし、新しい動きが出始めた頃のことです。
やはり、新しいこと、面白いことをやり始めると目をひくからでしょうか、いろいろな人が集まってきます。その中に「本物を求めているなら、パイにはマーガリンではなく、バターを使うべきだ」というアドバイスとともにパティシエを紹介してくれた方がいました。

それまで五勝手屋ではパイ生地にはマーガリンを使っていました。それには何か特別なこだわりがあったわけではなく、「昔からそうだったから」というだけの理由です。
パティシエに本当のパイの作り方を教えていただけるのは願ってもないことだったのですが、さて、しかしこのとき少し戸惑いもありました。というのもバターは動物性のタンパク質。仏壇にあげるお菓子としてお買い求めいただいているお客様がいるのも事実ですから、果たしてそれを変えてよいものか・・・。

そんな迷いもありましたが、より美味しいお菓子をつくるため、とにかくまずは試してみようとパティシエに教えをいただきながらバターを使ったパイ菓子づくりがスタートしました。

パイ菓子の試作。最初は形状についても検討した。

いざやってみると、バターはマーガリンに比べて温度の管理が難しく、もたもたしていると生地がすぐにデロデロになってしまいます。
また、本場フランスではクロワッサンでも、ガレット・デ・ロワでも色がつくまでしっかりと焼くのが基本とのこと。それまでの五勝手屋のパイ菓子は焼き方も白っぽいものでしたから、やるのならば本物にならってみようと時間をかけて焼き上げてみました。

「バターの方が美味しいだろうな」と予想はしていましたが、出来上がったものをいざ試食してみてビックリ。香りの良さ、コクの深さが全く別もので、しかも中のあんこやクルミとバターの相性が非常によいという発見もありました。

五勝手屋のパイ菓子は以前とは全く別のものになりました。乱暴な言い方をすれば、やったことはマーガリンをバターに変えて、よく焼いただけです。しかし、そのほんのちょっとのことで味が変わってしまう。
同じことをただ続けることの危うさと、自分が正直に美味しいと思うものをつくることの大切さをあらためて意識できたときでした。

ほんのちょっとのこと、普段意識せずに生活していることのどこかに、何かを変えるきっかけが潜んでいるかもしれません。近頃は私の中で「出し尽くした感」が漂っていたりもするのですが、また次の発見を求めて、新たな転換点に向けて試行錯誤を続けてみようと思います。